甘える君と僕
のび太君は、時々、フッと思い出したように、甘えてくる。今も、そう。けれど、今回はそれが、いつもより顕著であるような気がする。
いや……
気がするのではなく、確かにそうなんだろう。
いつもならば、真正面から抱きついてきたりはしない。後ろから、そっと腕が伸びてきて、その手が甘えたいのだと主張する。
だが、今はどうだろうか。
真正面から、あまつさえ、僕の膝の上に乗って。背に回る手が、僕を捕らえて離さない。
いくらなんでも、これはおかしいと問いかければ。
「……のび太君、何かあった?」
「別に。何も」
と返してくる。
そして、さらに強く抱きつかれてしまった。
別に、抱きつかれることが嫌なわけじゃない。むしろ、嬉しいぐらいだ。
外でののび太君は、天邪鬼に触れ合うことを嫌がるから。それを、少し寂しいと感じるのを自覚している。
だから、こうしてのび太君から、触れ合ってくるのはすごく嬉しい。
でも、目に見えておかしな様子ののび太君を、放っておくことは僕にできるはずがない。
「何もないようには、見えないけどね」
「だから、何かあったわけじゃないってば」
再び問えば、素っ気ない答え。
ついつい、大きな溜め息を漏らしてしまう僕を、誰が責められようか?
でも、やっぱり、溜め息を吐いたのは失敗だったかな。
「なんだよ…僕と一緒にいるのが、そんなにイヤ?」
ムッとしたのび太君の声に、僕は慌てて首を振る。嫌なはずがない、と。
それでも、じっとりと疑いの目を向けるのび太君は、するりと僕の腕から逃げてしまった。
「帰る」
「どうして?」
「帰るから、帰る」
答えになっていない答えを返しながら、のび太君はカバンに手を伸ばしていた。
今日は一体なんなんだろうと思いながら、現状の打開策を探して視線を部屋に彷徨わせれば。
はたとカレンダーに目が留まった。
ああ…そうか。今日は……
「のび太君」
「何?僕、もう帰るんだけど」
「もう少し、ここにいなよ」
「イヤ」
離れていこうとする腕を引き、今度は僕がのび太君を捕らえる。
けれど、返事は否で、即答されてしまった。これがのび太君だって、わかってはいたけどね。ただちょっと、僕が寂しさを覚えるだけ。
君は、本当に天邪鬼だから。本心と、反対のことばかり言うから。
「離せよ、出木杉…」
そう言いながら、僕の腕を掴んで離さない君の手に、嬉しいながらも気づかないフリをする。
でも、少しばかり、悪戯心というか、サド心というか。
君があんまり天邪鬼だから、苛めたくなってきたりしてね。
「今日は…ドラえもんが、帰っていった日だね……」
ビクリと、のび太君の肩が揺れる。
君は顔を背けているから、見えていないだろうけど。僕の顔を見ていたら、これが悪戯なんだってすぐにわかっただろうね。
きっと僕は、楽しそうに笑っているだろうから。
まあ、もしそんな僕に気づいていれば、君は悪質すぎるって怒っただろうけど。
「そう、だったっけ……?」
何気ない風を装っても、声が震えてるよ?のび太君。
あんまり苛めすぎるとのび太君が拗ねてしまうから、悪戯は程々にして。のび太君を、さらに僕のほうへ引き寄せた。
「ちょっ出木杉!何す…」
文句を言いかけた君の口を僕のそれで塞ぎ、身体を入れ替えのび太君に覆いかぶさる。
そして、さっきとは打って変わって、真剣な表情をのび太君に向けた。今度は、真剣な話だから。
「僕は、どこにも行かない」
そう耳元で呟くと、のび太君は僕の服の裾をぎゅっと握り締めてくる。
ドラえもんが未来に帰ってから、のび太君は人が去っていくと言うことに敏感になってしまった。
二人とも、納得しての別れだったのだけれど、それでも辛いものは辛い。
その日から、時々、のび太君は僕に甘えるようになった。あくまで、天邪鬼にだけれど。
「だから、そんなに怖がらなくても、いいよ」
「怖がってなんてない」
「そう?」
「そうだよ」
僕は笑いながら、もう一度のび太君に口付けを落とす。
すると、のび太君はようやく安心したのか、はんなりと笑顔を見せてくれた。その笑顔に、僕はまた口付ける。
「ずっと…僕のそばにいるって?」
「うん」
「一生?」
「勿論、永遠に」
「嘘くさ」
「本当だよ」
クスクスと笑いあい、二人でこのまま、ずっと一緒にいられればいいなと、願う。
「じゃ、僕がどこに行こうと、ついて来いよ」
それは当然。
君が望むのであれば、どこまでも。
+ END +
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