花まつり

「次 あれやろうよあれ」
高校生にもなってお祭りごときではしゃげる精神構造をほほえましくもちょっぴり羨ましくも
感じながらデキスギはノビタの少し後ろをついていった。
桜の時期に行われるこの春のお祭りはすべての生命が萌えいづる季節だけあって
むずむずしてくるような官能的な空気を抱えていた。
普段あまりはしゃぐことのない性格のデキスギではあったがそのざっくりラフで官能的な空気と
あまり報われないとはいえ片恋以上恋人未満の関係である想い人とのデート(限りなく一方的な認識であるという事実はきれいに無視して)にほわほわと淡く酔っ払ったような気持ちになってくる。
もちろん真面目な高校生である自分はお酒など飲んだことはない…公式には。
デキスギは今度はわた飴がぐるぐるふわふわ出来ていくのに子供みたいな目で見蕩れているノビタをみつめた。
大きすぎるメガネやほそっこい体やのびすぎた手足のせいか
デキスギはいつもノビタは異世界の人が間違って生まれてきたようだなと思う。
地球の吐き出す空気に酸素マスクなしでそれでもようやく生きている
異星人のような不器用さがノビタにはあった。
…その酸素マスクがあの青い猫型ロボットなんだろうな。
小さなため息とともにその呟きを押し殺す。
結局恋愛なんて惚れたほうの負けなんだよなあ。
春の淡くぼやけた大きな月がデキスギを見下ろす。
デキスギもその月を見上げる。
…あの春の月みたいなまんまるで淡い光の心に惹かれた。
でもそれを守って育てたのはまぎれもなくあの未来からの使者で。
生き難さにあがいて溺れそうになっているノビタに酸素マスクを差し出したのは自分ではなかったから。だから。
…2番目扱いは許してあげるよ。−少なくとも今はね。
挑戦的な視線を月に送るとにっと笑いデキスギはまだ機械の作り出す
甘いピンクの雲に見蕩れているノビタに声をかけるべく足を踏み出した。





「じゃあ、次は…あ、ヨーヨーやらないと!」
やらないとって誰に強制されてるわけでもないのになと思うけどデキスギは口には出さずに
張り切ってぷかぷか色とりどりに浮かぶ水風船の群れに突進するひょろんとした後姿を見送る。
「…っとと。んむ…っあああーっ!」
よくもまあこんなに叫べると思うほどに派手に叫びながら奮闘する
…がメガネの子鬼は狙ってもそうは出来ないであろうほど失敗し、周りには紙縒りの無残な残骸が転がっていた。
「…ノビタくん僕が取ってあげるよ」
いい加減、ギャラリーの目も痛いし…と無言の主張を込めてすっとデキスギは手を出した。
−しかしこの依存心の塊のような子鬼は意外にも首を振ってそれを拒否する。
白い首筋が朱に染まって妙に淫猥だななんて一瞬不埒なことを考えてしまう。
「いい。あれは僕が取る。」
ノビタの視線の先にはひときわ大きな浅黄色の水風船。ちょこんと乗った紅が愛らしい。
けれどひっかける部分のわっかが完全に水の底に沈んでしまっている。
…たしかにあれは取りにくいだろうな。でもなんであれにこだわるのかな
そんなデキスギの内心の疑問に答えるかのように眼鏡の小坊主は
妖精パックみたいにいたずら気に大きな瞳をくりっと躍らせて
デキスギにひそっと耳打ちした。
そのいやに煽情的なしぐさに若さゆえの哀しさか心拍数がいきなり跳ね上がる。
が、その台詞とは甘いものとは程遠く。
「アレさ、ドラエモンに似てない?
とってって"そっくり"って突きつけてやろうと思うんだ。」
ぴくんっ…とデキスギの秀麗な眉がかすかに動いたが興味のあることしか
認識しないノビタの眼には当然それは映らない。
そして腕まくりをすると新たな紙縒りの残骸を作り始めた。





「まあ、なんにせよ良かったね。」
デキスギは複雑そうな顔でそれでもどこか嬉しそうに浅黄色の水風船を抱えるノビタに話し掛ける。
「う・・ん。」
結局あのあともとることは出来なかったのだがあまりの奮闘振りを哀れに思った香具師のおじちゃんが
その浅黄色の水風船をくれたのだ。
「何か不満?」
「んー…だってさー」
ノビタが小さくぼそっと何やら呟いているのでデキスギは耳を近づけた。
「…カッコ悪いよ。」
思わずくすっと笑うととたんにノビタはキッと睨む。
「笑うな!そりゃデキスギは何でもうまいのかもしんないけどさ。」
ちょっとはいいとこ見せたかったのに…と消え入るような声で呟かれてデキスギは小さく微笑んだ。
「うわーよゆーの笑みなんか見せちゃって…。」
ノビタは少し足を速めデキスギの数歩前を歩く。
春の月の淡い光が長く影を伸ばした。
デキスギはそっとそのノビタの影を踏みながら静かに言った。
「違うよ。」
「何が?」
ノビタはせっかくとった浅黄色の水風船をバインバインといささか乱暴に弄びながら気の無い返事をする。
「今笑ったのは君が可愛いなあと思ったからだ。」
ヨーヨーを打ち付けていた手が止まる。
そろりとノビタがデキスギを振り返った。
息を詰めて真っ赤になりながら戸惑っているその顔に近づくと軽く頬に唇を落とす。
それで金縛りから解けたノビタが漸く数歩後ずさってデキスギの手から逃れた。
そのつれない動作にちょっと傷つきながらもデキスギは続けた。
「僕が君を好きだってちゃんと伝えてあるよね?」
「う…ん。」
少しの間月の光と沈黙が流れる。
デキスギはふっと小さく笑って歩き出した。ノビタはしばらくそこにじっと立っていたが
はっと気づいてその後を追う。
デキスギの影を追いながらノビタは考える。
…嫌いなわけじゃない。少なくともあんな痛みを抑えた笑顔に心痛むほどには好きだと思う。
けどあの優しくて強い少女に抱く気持ちとは違う気もする。
あやとりや万華鏡なんかの作り出す複雑な幾何学模様は大好きだけど
人の心の複雑さは本気で苦手だった。
ノビタは首をぶんっと振る。
「あのさ!」
デキスギはその声に振り向いた。
「…何?」
ノビタは口をパクパク開ける。
「…忘れた。」
デキスギはぽかんとノビタをみつめた。
そして次の瞬間破顔一笑。
「ノビタくんらしいや。」
ひとしきり笑い終わると 彼はノビタを手で誘いながら言った。
「次は何に行く?」





「あーあ、失敗した。…僕のいっちばん得意なアレが出来ないなんて…。」
「その水風船に使いすぎなんだよ。」
ノビタは恨みがましく目当ての屋台を見た。
それは射的の店。その店の遊戯に参加したいのは山々だったが
ノビタの財布がその不可能を訴えた。
「はぁ〜」
大きなため息をつくノビタをデキスギは面白そうに眺めた。
どちらかというと普段はかなり彼を甘やかし気味のデキスギではあったが、財布の泣き声の原因が面白くない。
それに輪をかけて面白くないのはこんな状況なのに目の前のひょろりんくんは自分には甘えない事。
そしてもっとも面白くないのは彼は彼の青いロボットになら甘えるんだろうことが予想というより事実として想像できてしまう事。
我ながら大人気ないなあと思いつつ、まあまだ高校生なんだからと自分を慰めてみたりする。
「はぁ…」
デキスギの薄めの唇から漏れたため息を聞きつけてノビタの眼がくるっといたずらめいた光を浮かべた。
「デキスギも燃料切れ?」
にっこり笑ってデキスギは財布を開いてみせる。
がっくりと肩を落とすノビタ。
「家庭教師は結構いいアルバイトなんだ。」
一番自分から遠いアルバイトだなと
ノビタは羨ましいやら悔しいやらで複雑な表情を浮かべた。
笑いをこらえてデキスギは周りを見渡した。
と、そんなデキスギの眼があるものを捉えた。
形の良い唇がちらりと笑みを浮かべた。
デキスギのこの唇を微かに歪ませたスマイルにはろくな思い出がない。
ノビタは嫌な予感に怯えるが次の瞬間の彼の言葉にそんな予感は吹き飛んでしまう。
「仕方ないなあノビタ君は。一度だけだよ?」
ノビタは大きな眼をきらきら輝かせてデキスギをみた。色素が薄いせいか
ノビタの眼は光を入れると異国の少年のように深緑色に見えたりする。
それが彼の抱える「不思議の種」の象徴みたいでデキスギは少し眼を細めた。
威勢のいい若い香具師に代金を支払いノビタは意気揚揚と数少ない特技に挑戦するべく
おもちゃの銃を構えた。
スポンッと小気味の良い音がし、第一の的にノビタの放った弾があたる。
「ふふふっどうだっ」
「うん、さすがだね。」
何でも出来るデキスギににこにこと誉められますます天狗の鼻は伸びる。
それに勢いづいて次々に賞品を落としていった。
弾が尽きるころには空っぽに近い棚がそこにはあった。
若い香具師の顔がひきつっている。
くすっと笑うとデキスギはその香具師に話し掛けた。
「心配要りませんよ、賞品は全部お返ししますから。」
「デキスギ!?」
デキスギはノビタにあくまでも優雅にプリンスのように微笑む。
「ここまで楽しませてもらったかんだからいいじゃない。」
ノビタは不満を顔中に浮かべる。
「デキスギが口出すことじゃないだろ?」
「出資者は僕だけど。」
「うっ…。そうだけど…。半分賞品あげるからさあ」
「でもこんなに細かいのばかり持っていけないよ。」
そして余裕綽々の涼しい顔で付け加えた。
「いい賞品のは難しいしねえ」
ノビタの眉がぴくんっと動く。
「…別に、簡単も難しいも関係ないけど?」
「無理しなくて良いんだよ。取れないのが当たり前なんだし。」
あくまでも優しそうな態度にかえって腹が立つ。
「一番難しいのだって何てこと無いよ。」
そういってノビタは若い香具師に向き直る。
「お兄さん、一番難しいのどれ?」
指し示されたそれにちらりと一瞥をくれるとノビタは若い香具師に言った。
「今までのは全部返すからもう一回分弾をください。」
そして慎重に狙いを定める。
すうっと息を呑んでぽんっと弾を放つ。
ギャラリーも香具師のお兄さんも息を詰めてその弾の軌道をみつめた。
奥まった難しい場所にあるそれに吸い込まれるように弾は飛び、次の瞬間見事にそれは命中し、ぐらりと賞品は棚から落ちた。
「や…ったぁーっ!」
とたんに沸く拍手。
デキスギもにこにこと手を叩いている。
「やあ、すごいね。さすがノビタ君。」
「いやあ、なんてことないよ。」
嬉しくてたまらずニヤニヤしている顔を必死で引き締めながらノビタは差し出された賞品を受け取った。
−そういや、賞品ってなんだったんだろ。
そんなノビタの思考を吹き飛ばす香具師の威勢の良い声。
「恋人と行くのかい?仲良くな兄ちゃん!」
…へ?こいび…と?
渡された賞品に眼を落とす。
それはこの前出来たばかりのテーマパークの…
「ペアご招待券んんんっ!?」
反射的にデキスギを見るとそれはそれはもう輝かんばかりのヘヴンリースマイル。
「山分けにしてくれるって言ったよね?」
「…いや、これペアご招待券だし…」
たらたらたらと背中に変な汗が流れていくのがわかる。
そんなノビタの呟きなど芸術的なまでに見事に無視するデキスギ。
「兄ちゃんたちで行くの?」
との香具師の声にデキスギはええまあ、と答える。彼はそれを聞いて
「味気ないなあ。恋人もいねーのか。」
と笑ったが(違う意味で)真っ白になっているノビタを見て、ちょっと真面目な顔になる。
そしてノビタの頭をぽんぽんっと叩いて言った。
「悪いこと言っちまったか?」
さり気にその人の良い香具師の手からノビタを遠ざけるとデキスギはさらりと言った。
「いえ、ちゃんと恋人同士で行きますから。」
…その場にいるギャラリーのすべての人が
その台詞の意味を分かるほど聡かったわけではない。
しかし、一部には確実にその意味は浸透した。
その証拠に瞬間的に黄色い歓喜の声が上がったのだから。
真っ白になってるノビタの手を引いてデキスギは機嫌よく歩き出した。
はっとノビタが気がついたのはしばらく歩いてからだった。
「デキスギぃ…はめたなあ?」
「はめる?心外だなあ。」
立ち止まるノビタをおいてデキスギは軽やかに春の月の光の下を歩く。
その後ろ姿を見て、ノビタは小さくうなりながら考えた。
−ああ、あの時の予感に従えばよかった…。
後悔先に立たず 覆水盆に還らず などの諺が頭を巡る。
「何してるの、置いてくよ?」
デキスギのそんな言葉にノビタはウーっと小さくうなるとデキスギに追いつくべく足を速めた。
そんな二人を春の淡い月の光は優しくを包んでいた。
                                おしまい




ぴろり様(ぽれぽれシャリマ


†††††  作者様よりコメント  †††††
えーと新参者ですがお送りいたします。
デキたんはちょっとばかり性格歪んでます
そしてノビちゃんは墓穴堀の大名人v
ラブラブというよりびみょーな関係の二人です。
でもぴろりん中ではこの二人はもしエロエロ関係になっても
こんな関係だと思います。
ではでは。
時雨さまのますますのご発展を願っております



55755キリ番踏み人、ぴろりさまからの頂きものです♥
も〜も〜!なんて、なんって可愛いカップルな・ん・デ・ス・カー!!!
出木杉さんはま〜素直に可愛いとは言えませんが(笑)、
そんな素敵に黒い出木杉さんがのび太くんに翻弄され、
ドラえもんに嫉妬しちゃってる青いカンジがたまりません(笑)♥
のび太くんてば出木杉の気持ちを知っていながらも上手く躱している…と見せ掛けて墓穴掘り(笑)!
確かに、エロエロになってもこの関係のままなカンジがします〜♥(#^3^#)
う〜ん、今後の2人がどうなるか、とってもとっても気になる所です♥
ぴろりさま、とってもとっても素敵関係♥出木のびをありがとうございました!(#^v^#)



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