Birthday Present |
「う〜んう〜ん」 のび太は悩んでいた。 珍しくも真剣な顔で、唸っている。 その視線の先にあるのは、カレンダーである。4月のカレンダーには、一つだけ、赤いペンで丸が書かれており、それは明日の日付をしめしていた。 それは、決して忘れてはいけない日である。 うっかり忘れようものならば、大変なことになるのを、数年前この身をもって体験した彼は、毎年新しいカレンダーをもらうたびに、その日に丸印をつけていたのだ。 そして、その日は明日訪れる。 「明日が、出木杉の誕生日なんだよな〜」 そう、4月28日。その日は、のび太の恋人―――もっとも、のび太はまだ往生際悪くそれを認めようとしていなかったが―――の誕生日である。 誕生日となれば、祝ってあげなければいけないものである。 というか、祝ってやらないと後が恐ろしい。まるで、祀り忘れてしまった御霊のように、祟る存在になるのだから、それだけはかかせない。 しかし、ただ「おめでとう」と言うだけで、すむものではなかった。 「誕生日プレゼント、何にしよう」 誕生日となれば、当然贈り物である。しかし、のび太は、彼に何を贈ればいいか迷っていた。 「あいつに何が欲しいっていっても答えは決まってるしなぁ〜」 毎年一応聞いてみてはいるのだが、答えはいつも同じもので、真面目な顔して、『君が欲しい』と、鳥肌が立ちそうなことを平然と言ってくれるのである。 去年は、直前まで彼の誕生日を忘れてしまっており、その上、金が一円たりとも残ってなかったために、お言葉に甘えて、自分を差し上げてみたのだが、その結果、口にも言えない、散々な目にあったことは忘れることはできない出来事である。 今年もそれをするほどのび太の神経も図太くはない。 「えーっと今の所持金は、と」 目の前に置かれているブタさん貯金箱を持ち上げて振れば、チャリチャリと音がする。 まだ、少しだが今月のお小遣いが残っているのだ。 えいっと腹の部分からお金を取りだし、転がったお金をかき集めると所持金は全部で『526円』である。 「うわぁ」 中途半端。 というか、少なすぎである。 これで一体何が買えるだろうか。 「あいつの持ち物、少ないけど、結構高いものばっかりだからな〜」 何を買えるかと考えてみたものの、出木杉へのプレゼントを買うにはこの所持金では心もとない限りである。 「ん〜、難しいな」 自分ならば、スナック菓子500円分でも、十分嬉しいのだが、もちろん出木杉にはそれはできそうにない。 「どうしよう」 今年もまた生贄の山羊のごとく、自分を差し出さないといけないのか、と苦悩するのび太だが、ふと名案が浮かんだ。 ポンと両手で手を叩き、にんまりと笑う。 「これにしようっ!」 思いついたら即実行。 有り金全部を握り締めたのび太は、買い物にでかけ、そしていつものごとく、例のものに、泣きついたのだった。 「ドラえも〜〜ん!」 「のび太君。本当に、そんなプレゼントでいいのかい?」 不安そうな顔を浮かべるドラえもんの前を、意気揚々と歩くのはのび太である。 自分の考え付いたプレゼントによほど自身があるらしい。 今日という日が、来るのを珍しくも―――まるで、天変地異が起こってもおかしくないぐらい―――待ち望んでいたのび太は、学校が終わると同時に、出木杉の家に向かっていた。 「平気だよ。これならきっと出木杉の奴も喜んでくれるはずさ」 「でも、のび太君……」 「うるさいな、ドラえもんは。ドラえもんだっていいって言ってくれたじゃないか」 「言ったけど、でも―――」 過去の事例から考えて、のび太のいい案というのが、本当にいい案であったのは、実際のところ数えるほどしかないのだ。数年前から保護者として傍にいるものとしては、心配が芽生えるのも当然のことである。 しかし、その心配を口にしたところで、いい案であると信じきり、ご機嫌なのび太に、そう言ったところで、その意見を変えることができないことも、わかっている。 「ぼくは、知らないよ」 素っ気なく吐かれた言葉に、それでも保護者かよっ!とツッコミたくなるところだが、まあ、のび太の面倒を長年見ていれば、それはいたしかたないその台詞に、もちろん張本人は、聞いてはいないのだった。 ピンポーン 玄関の呼び鈴を押すと、すぐさまドアが開かれる。 そこに現れたのは、本日誕生日を迎えた出木杉であった。 「誕生日おめでとう、出木杉」 出木杉が、顔を出すと同時に、のび太はにっこり笑いつつ、お祝いの言葉を告げる。自分のいい案に今だにご機嫌なのび太は、偽りない笑顔で出木杉に向けている。 そんなのび太に目を留めた出木杉の顔がほころんだ。 「おめでとう、出木杉君」 しかし、その後ろから、ドラえもんも顔を出してそう言うと、少しばかりその目を細め、邪魔者め、といいたげなものになったが、もちろんそれは相手に知られる前に消し去り、にこやかな笑みをドラえもんにも向けた。 相変わらず外面はいいのである。 「ありがとう、のび太。ドラえもん。二人に祝ってもらえて嬉しいよ」 そつ無くそう言った出木杉に、お祝いの言葉も言い終わったのび太は得意げな顔をして、彼の顔を覗き込むように見上げてみせた。 「あのさ。今年のプレゼントは、凄いよ」 「どう凄いんだい?」 可愛らしいのび太の仕草に、すでに彼の視線はのび太にしか見ていない。 凄いという言葉に、出木杉もほんの少し期待をしてみる。去年は、思いがけずに、のび太自身を差し出され、そのプレゼントを十分に楽しませてもらった出木杉である。今年は何をもらえるのだろうか、とほんの少し期待を込めた眼差しをのび太に向ける。 しかし、のび太は、にんまりと笑みを浮かべると、その視線から逃れるように一歩後ろに下がり、そしてそれを差出した。 「これっ♪」 「これ?」 可愛いのび太を見ていた出木杉は、けれど、そののび太は後ろに下がり、その代わりに視線を隔てられるようにして、押し出されたそれを見る。 それは、可愛くもなんともない(注意※出木杉ビジョン)青瓢箪のような一応ネコらしいロボットであった。 出木杉の描写ではわかりにくいかもしれないが、つまり、のび太の言う「これ」とは、彼の保護者役を担っているネコ型ロボット『ドラえもん』だった。 「そう、これだよ。出木杉には、一日だけドラえもんを貸してあげる。一日だけだけど、もちろん道具も使い放題だからね。凄いだろう。これが、僕からのプレゼントさ」 そう。昨日のび太が考え出した名案というのが、これであった。 『一日ドラえもんの使用権利』である。 もっとも使用権利などと主張すれば、当の本人からグダグダ文句を言われるので、もちろんそんなことは本人には、言ってない。 ただ、のび太は、有り金全部で買ってきたドラ焼きをと共に、一日だけ出木杉のところで彼の望みをドラえもんの道具で叶えてあげて欲しい、と泣きながら訴えたのである。 ドラ焼きとのび太の涙という二大武器でやられたドラえもんは、しぶしぶながらだったがそれを了承してしまい、ここにいるのであった。 「ふぅ〜ん。これがプレゼントね」 半ば強引にのび太に前に押されたドラえもんは、出木杉とは間近に接近している距離である。その距離から、値踏みするような視線に、いたたまれないように身じろぎをする。 それは、500円分のドラ焼きでは少なすぎたかも、と後悔してしまうような痛い視線であった。 だが、不意にその視線は、和らぎ、出木杉の顔に笑みが浮かんだ。 「それは、素敵なプレゼントだね。ありがとう」 どうやら、そのプレゼントに納得してくれたらしい。 いい案だとは、思ってみたものの、ちょっぴりとは、どうだろう、と気をもんでいたのび太も、ほっとした様子を見せる。 今年はこれでごまかせそうである。 プレゼントの意味をちゃんと理解しているのか、と伺いたくなるような言葉を心中で呟いたのび太は、そのままゆっくりと後ずさりをはじめた。 「喜んでくれると嬉しいよ。じゃあね!」 出木杉がプレゼントを受け取ってくれれば、本日の行事は終了である。 そうなれば、こんなところは長居は無用。 さっさと帰ろうとしたのび太だが、もちろんそんなことを出木杉が見逃すはずはなかった。 「ちょっと家にあがっていかないかい? さっき、源さんから手作りケーキをもらったんだよ。でも、僕一人では食べきれないからね、君にも食べてほしいのだけど」 「えっ! 静香ちゃんのケーキ?」 その言葉に、そそくさと帰ろうとしていたのび太の足が止まった。 静香ちゃんの手作りケーキ。 それは、のび太にとって非常に魅力的なものだった。 彼女の料理の上手さは自分の舌でもって確認済みである。しかも、彼女のケーキとなればのび太には、好物といってもいいものである。 「どうかな?」 「食べる食べる!」 と言った時には、すでに玄関に上がりこんでいるのび太である。もちろん出木杉は、それを妨げることなどなかった。 「それじゃあ、お茶を用意するから、先にあがっていて、お湯でもわかしていてくれないかな。僕はちょっと先に、君からのプレゼントを使わせてもらうから」 「うん。わかった」 もう何度もこの家に連れてこられている(無理やりも過去多数)のび太である。勝手知ったるなんとやら、と出木杉の言われたことを実行しに、家にあがっていく。 そうして、そこに残ったのは、出木杉とドラえもんの二人きり。 出木杉は、ドラえもんに向かって、にっこりと笑ってみせると、早速だけど、と言葉を告げた。 「プレゼントを使わせてもらうよ。ちょっと、道具を出してもらいたいけど、いいかな?」 「いいよ。どれを出そうか」 これからケーキを食べるのに一体なんの道具が必要なのだろう? と不思議に思いつつも、四次元ポケットに手を入れたドラえもんに、出木杉は、少し考え込む様子を見せ、そして言った。 「そうだなぁ。まずは、×××を出してくれるかな」 「×××〜!!」 その言葉で、ドラえもんは、お決まりの声とポーズで四次元ポケットから道具を取り出す。 それから道具を片手に語りにはいる。 「この道具は―――」 「ああ、わかってるからいいよ」 けれど、その道具の解説を聞くよりも先に、出木杉は言葉をさえぎり、さらに注文を増やしていく。 「それから、○○○と△△△も。そうだなぁ。ついでに□□□も出してくれる?」 「そんなにかい? いっぺんにそんなものをどうやって使うつもり?」 立て続けに言われた道具の名前に、忘れないようにと次々に取り出して見せたドラえもんは、けれど、その量の多さに、首をかしげてみせた。 「いっぺんに、じゃないよ。もちろん、一つずつ使わせてもらうよ」 「それなら、使う時にでも」 正論を告げるドラえもんに、けれど出木杉はにこやかに微笑みながら、言い放った。 「使いたい時には、君はいないからね」 「えっ?」 それは一体どういう意味だろうか? しかし、出木杉は、その意味を解説することはなく、出された道具を丁重に抱え、玄関の脇にある靴箱の上に置くと、くるりと振り返った。 「一日君を自由にできるということは、この道具も、明日返せばいいんだよね?」 「あ、うん」 「じゃあ、もういいよ。ありがとう。明日必ず返しにいくから」 「えっ? ちょっとまって、出木杉君。それは…」 自分ものび太君達と一緒にケーキを食べるのではなかったのだろうか。 しかも、自分は誕生日プレゼントとして一日だけだが、出木杉のものになっているはずである。 なのに、自分は追い出されているのはどうしてだろうか。 「ああ、プレゼントはこの道具を一日貸してくれるだけでいいよ。ドラえもんだって、一日だけとはいえ、僕のものになれと言われてもイヤだろう」 そう言われれば確かに嫌な気分はする。 出木杉の申し出に否を唱えるものではなかった。 しかし、まだ自分が今ここで追い出される理由がわからない。 「のび太君は?」 彼はもう、この家にあがっているのだ。 「ああ、悪いけど。今晩彼は僕の家に泊まるから。そう彼のお母さんにも伝えておいてくれないかな」 「家に泊まるって、だってのび太君は何も」 ケーキを食べるだけではなかっただろうか。 ドラえもんの疑問は増えるばかりである。 しかし、その解答は結局得られなかった。 「じゃあね」 「あっ―――あ〜ぁ」 無情にも目の前にドアを閉められ、しばし呆然とたたずむドラえもん。一体何が起こったのか理解するには、しばらくの時間がかかった。 しかし、理解してしまうと、今度は空しさがわきおこる。 それは、ずっと傍で見守っていた雛が、自分の手元から掻っ攫われてしまったような、そんな気持ち。 「のび太君…だから、こんなプレゼントはやめようと言ったのに」 貸しだした道具がどんな使われ方をするのか、自分にはわからない。分からないが、なんとなく想像はついてしまう。 「無事に帰ってくるんだよ」 最後に、保護者らしい言葉を呟いたドラえもんは、そっと出木杉の家から離れていく。 その後、その家の中で何が行われたかは、当人しか知るものではなかった。 |
††††† 作者様よりコメント ††††† |
へたれですいません。 なんだか、出来上がってみると駄文にしか見えなくて申し訳ないです。 それでもよろしければお受け取りください。 ちなみに、時雨さんの漫画の『脱・マンネリ』と『とってもだいすき』を元ネタというか参考にさせてもらいました。 勝手にすいませ〜ん。 一応お初もののデキノビ小説です♪(笑) |
桜寿さまより、出木杉の誕生日お祝いとして頂きました♥ 笑っちゃう程のび太くんに執着してるね出木杉さん(笑)! ってゆ〜かのび太くん、おばか〜!!なのに可愛過ぎる・・・頼むから自覚してくれ!! ドラえもん可哀想なんだけど、結局ほっとくんだからいい性格してますよね☆ ああ〜それにしても何の道具を出してもらったのかものごっつ気になる〜(笑)! きっと、直接的な道具は一切無いんでしょうね・・・。 いや〜らしく使いそう・・・ああっ!出木杉ってば鬼!純真な道具をなんてコトに♥←喜んでんのかよ 桜寿さま、素敵な初デキノビ小説をありがとうございました!(#^v^#)/ 2作目、3作目も期待しておりますんで(笑)! |
第2弾はコチラから♥ |
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