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恋の奴隷 |
太陽はまだ沈む気配を見せない放課後、一日で一番穏やかな時間。 のび太は特別教室の並ぶ西の校舎の外れ、第三図書室に居た。 極力本を傷めないようにカーテンが引かれ、布越しに柔らかい光が差している。 歴史ある全寮制男子校らしく、その蔵書量は普通の高校とは比べ物にならない。 教科書の文献に挙がるような本はもちろん、既に絶版になっているものや、原文まで取り揃えてある。 生徒がよく閲覧するものは全て第一図書室に格納され、例え本の虫といえどこれに次ぐ第二図書室で大抵事足りる。 余程の事が無い限りこの第三図書室にまで足を運ぶ生徒はいない。 のび太は高い天井まで届く本棚の一番上の蔵書の背表紙をつらつらと目で追っていたが、自分の足下に視線を戻した。 仰向けに横たわる自分の足の間で、いつも『遊ぶ』級友の一人が荒い息で腰を動かしている。 突き入れられる度に、ぬちゅり、と酷く濡れた音がするのは、先程まで同じようにのび太を穿っていた級友が奥に出したもののせいだ。 その級友は今は自分の膝にのび太を寄り掛からせ、中途半端にはだけたシャツの隙間から手を差し込み胸の突起を捏ねている。 「んっ…」 身じろいで白い喉が晒される。 生理的に滲んだ涙が、一筋縄ではいかなさそうな小悪魔めいた瞳を今は儚気に見せている。 乾いたのか、ぺろりと舐めて湿らせた唇がいやに赤く、白い肌をより強調した。 横で自分で自分のものを扱いていた別の級友が、のび太の痴態に我慢出来なくなったのか、激しく突かれて揺れているのび太自身にむしゃぶりついてきた。 熱い口腔に包まれ、柔らかな粘膜で扱かれながら吸い上げられる。 前と後ろを同時に犯され、その直接的な刺激にのび太は自らさらに足を開いた。 「はっ…ぁあっ…」 押さえる気も無く上げた声が静かな室内に響く。 校内にはまだ生徒は残っているが、こんな所に来る人間はいないし、例え見られても大して珍しい事でも無いだろう。 噂レベルならばそれこそ腐る程あるし、実際のび太も何度か目撃した事がある。 初めは驚いたが、やはり環境的に自然発生してしまう事で、しばらくすると誰しもまともな反応をしなくなる。 のび太は自分が気持ちの良い事に弱く逆らえないという事を充分自覚していた。 自分と同じ男のものを受け入れている、確かに女のような役割だが、のび太は自分から奉仕をする事は無い。 それは最初にのび太が言い渡した『遊び』の絶対ルール。 のび太にとって、この行為は自慰の延長のようなものだ。 揺さぶられて起きる衣擦れの単調な音を聞きながらひどく他人事のような気分で快感を追いかけていたが、一度見られた事がある事をふと思い出した。 別のクラスだが、目立つ男なのでよく知っている。 誰しもが見惚れてしまうような、酷く綺麗な男。 あの時もこの場所だった。 今と同じようなまさに最中に、突如扉が開き、あの人目を惹く長身が入って来たのだ。 その場に居た全員が一瞬凍り付いたように動きを止めた。 向こうも一瞬驚いたようだったが、すぐに立ち直り、あまつさえ持って来た本をきちんと棚に戻して別の本を持って出て行った。 出て行く直前、級友のモノを咥えこんだままずっと目で追っていたのび太と視線がカチリと合う。 特に侮蔑の色を浮かべている訳でも、関係無いと突き放すような色も無く、何事も無いような普通の顔をしていたのが不思議だった。 その後はあの男に会う事も無かったので、すっかり記憶の奥底に追いやっていた。 目を閉じて、思い出す。 柔らかな物腰と思慮深そうな切れ長の瞳は大人受けしそうな清潔感に溢れている。 見た目を裏切らず、頭もすこぶる良いのだ。自分とは何もかも正反対の、絵に描いたような優等生。 だが、同時に何かじわりと魅入られそうな空気を纏っていた。 あれを色気があるというのか、その気の無い男でもあの一種麻薬めいた瞳に見つめられたらきっと揺らいでしまうだろう。 抱いて欲しいという告白をされたという噂話はよく聞く。 その後の悪い噂を聞かないので、よほど上手く断っているのか、それともお相手してるのか。実際のところは知らない。 そんな事を考えていたら、今自分の奥を突いているのがあの男のような錯覚に見舞われた。 至近距離であの瞳に見下ろされながら、蕩けきった奥を好きなように掻き回されるーーー 途端、急激な射精感に襲われた。 はっと目を開いて思わず確認する。 違う。 そろそろイク態勢に入ったのか、突きこむ間隔が短くなって自身では制御出来ないピストン運動が始まる。 のび太は自分の感じるポイントが突かれるように腰を動かし、奥に吐き出された事を感じながら級友の口の中に吐き出した。 微かに風が吹いて、のび太の少し色素の薄い髪をサラリと揺らして通り過ぎる。 窓を開け放つにはまだ少し肌寒いが、淀んだ空気を払拭するには丁度良い心地良さだ。 のび太は一人で過ごすのが好きだった。 級友達とは気持ちが良いから遊ぶが、一緒に居たいわけでは無い。 第一、級友達もまともな目で自分を見てはいない。 細身とはいえ背は低く無いし、顔はどちらかと言えば可愛い部類に入るが決して女に間違われる程では無い。 にも関わらず、のび太はよくそういう目で見られる。 一番の原因は、魅力的なその瞳だ。 本人に自覚の無いほんの微かな睨むような上目遣いは、挑戦的とも媚態ともとれるもので、どこか征服欲を掻き立てるところがあった。 ほぼ毎日、入れ替わり立ち替わり級友達はのび太の元にやってくる。 自分と同じように相互オナニーの感覚で遊ぶ男は問題無いが、中には勘違いしてのび太に奉仕をさせようとする者も出てくる。 興奮しきった雄を止めるのは自分だけでは難しい。 ならばこんな事しなければ良いという正論は、下手な抵抗は狩猟本能を刺激するだけだという教訓の前では無力だ。 必ず複数を相手にするのはのび太なりの最低ラインの保身であり、奉仕をしないのは立場の保持だった。 これも気持ちの良い事に弱いという根底の元成り立っている。 肉体的に気持ちは良いが、疲れる。 窓から見える木々の初々しい若葉がいやに眩しく、すぐそこに見えるのにひどく遠く感じる。 のび太は溜息を吐くと、部屋の中の本棚へと目を向けた。 確かあの棚の辺り…。 近付いてみると、予想した場所の2段下の棚の一部が抜けている。 あれ以来見てはいないが、きっとあの男だろう。 まさか端から全部読んでいるのだろうか。 抜けた部分の隣の本を手に取ってみた。 素っ気ない皮張りの装丁の分厚い本の中味は何かの原文らしい。 何の本かはさっぱり分からない。 こんなものよく読む気になる…とうんざりしながら適当にパラパラと見ていたら、扉の開く音がした。 心臓がドキリと跳ねる。 足音が近付いて、棚を回って現れたのは予想通り綺麗な優等生、出木杉英才だ。 誰も居ないと思っていたのだろう、のび太が立っているのを見て驚いたように一瞬足を止めた。 だがやはり立ち直りは早く、すぐに側迄やって来る。 のび太はと言えば、つい先程目の前にいる男を妄想してしまった事がバツが悪く、思わず視線を反らした。 出木杉が抜けていた部分に持って来た本を仕舞う音がする。 (早く行ってくれ…) だがなかなかその気配を見せないのを訝しく思い、ようやく顔を上げれば出木杉はのび太をじっと見ていた。 またしても心臓が鳴った。 「な…何…」 「その本、続いているよ。読むならここからだ」 出木杉はのび太が抱えたままの本を目線で示すと、3冊左に戻った本の背表紙を長く綺麗な指で指した。 「あ…」 言われて初めて出木杉の次に読む本を自分が持ったままなのに気付いた。 「…読まないよ」 正確には“読めない”のだが、そう言って出木杉へと本を差し出した。 「そう?ありがとう」 差し出された本を素直に受け取ると、その場でパラパラと中味を確認する。 特に接点の無い出木杉とこんな至近距離で会った事も、ましてや会話なんて初めての事だ。 なんとなく落ち着かない気分なのに立ち去るタイミングも逃して、のび太はその辺の全く興味の無い本の背表紙に目を向けた。 もちろん文字は目に入らない。引っ張られるように意識はすぐ横の男に向かっている。 そのまま眺める振りをしてそっと盗み見た。 確認するだけかと思っていたら、その長身を僅かに本棚に凭れさせ本格的に読み始めている。余程読みたかったのだろうか。 それにしてもスタイルの良い男だ。自分とは10cmも身長差は無いだろうに、この足の長さの違いはなんだろう。 重い本を軽く支える手は大きく、やや節くれだった指は長い。 伏せた瞼を縁取る長い睫毛が、目元に陰を落としている。 肌も陶器の人形のように白い。絹糸のようなさらさらの漆黒の髪とのコントラストが美しかった。 「無理矢理じゃ無いのか」 本から目を離さないまま、突然出木杉が放った言葉はのび太の思考を一瞬停止させた。 ぎこちなく、ゆっくりと顔を巡らせたその先で視線が合う。 あの時と同じ、特に何の含みも無い瞳だ。 「…違う」 「そう」 「興味あるの」 パタリと本を閉じてその場を離れる気配を見せた出木杉に、のび太はそう聞いていた。 出木杉は僅かに目を見開いたが、微笑んだだけで何も答えず出て行った。 のび太はなんとも不可思議な心地でその場に残された。 出木杉はなぜ突然あんな事を聞いてきたんだろう。 もし自分が無理矢理だと答えたら、助けてくれようとでも思ったのだろうか。 それにしてはタイミングが変だ。あれから1ヵ月以上は経っている。 何より、自分はなぜあんな事を言ったのだろう。自分でもよく分からない。動揺していたのかもしれない。 深く考えるのは苦手だ。 のび太は一度首を捻ると、第三図書室を後にした。 |
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